いま

いま 感じていることを書いていきます

腑に落としたい!

昨日の幸せに関係するパターンで、「能力や財力や権威が欲しい」というパターンが私にはあります。優れた能力があって、たくさんのお金があって、皆にすごいと思われるような力があったら、いい生活ができて、人に認められるし、大事にされるし、負けることもなく、自分に価値を感じられて、幸せになれるとパターンは言います。

 

頭ではそうじゃないということも、それらに私の幸せはないこともわかっています。わかっているのにどうしてこの黒パターンが騒ぐのかと思います。

 

頭でわかっているつもりというのは、実際にはわかっていないので今まで通りパターンは騒ぎます。思考では変わらないんだなと実感。何十年もかけて大きくした黒パターンは、ワークして選び変えたつもりでも(ここでやったつもりになることが自分にはあります)、何度も出てきます。まだ自分の身についていないから、腑に落ちてはじめてわかったと言えるまで何度でも選び変えていけばいいと思います。

 

腑に落ちるまでパターンと丁寧に向き合っていきます。

腑に落としたい!

幸せ

「幸せになりたい」と言うことは、自分は幸せではないと思っているからだと先生に言われました。そうかー、そういうことか、自分は幸せだと思っていないんだ、と気がつきました。

 

それから私にとって幸せってなんだろう?って考えています。自分の外側にあるものでも、他人に何かしてもらうことでもないです。(パターンは自分の外側や他人に幸せにしてもらおうとしますが)

 

今の私にとっての幸せは、黒パターンに語りかけをした時に感じる胸のあたりのホッと感や広がりを感じたとき、白パターンを選んだ時の、自分はこうやって生きていきたいんだという力が湧いてくる感覚、勇気を出して言いたいことが言えた時の喜び、自分の視野が広がった時・・など、自分に向き合って自分で自分を満たしているのを感じている時。その時その時に、幸せだなあと感じているわけではないけど、何が幸せかと考えると、そういう自分で自分を育てるということだと思います。

 

そして、そう思っている今の私は自分のことでいっぱいなんだということもわかります。そんな状態の自分がわかって、理解して、育てようって思います。

引っかかるとき

開示の練習を続けていて思いました。誰かに言われた言葉や、されたことが自分のパターンに引っかかるときって、自分の中の流れのようなものが一瞬止まります。え?とかあっ、とか、ん?、とか、グッと息をのんだり、声も出ないくらいほんのわずかな間です。ちゃんと観察していないと見過ごしてしまいます。

引っかかった時って、悔しさ、寂しさ、腹立たしさ・・・などどんな感情が湧いてきたかわかるときもあるけど、わからなくてはっきりしないこともあります。わからなくても、引っかかったパターンには今の自分を知る大事なものがあります。だから、いつも自分の中に目を向けて感じていたいです。

 

明日から茅ケ崎グループです。自分を観察しながら学んできます。

 

オレガノ

オレガノの香りが好きでつい買ってしまいます。朝の水やりの時に葉っぱをこすっては、ス~ッと香りを吸い込んでいます。これから咲く花は小さくて(よく見たいときは虫眼鏡が必要)可愛いです。虫がつきにくいのも気に入っています。

 

5月は植物が育つ季節。植物を眺めていると、私も太陽に向かってちゃんと生きようって思います。今日みたいに雨でも。

 

3種類のオレガノ

 

「私」はパターンの母

「他人にこうあって欲しいというのは、お母さんを求めているから」と先生から聞きました。子供の頃の母親の存在が、大人になっても(何歳になっても)影響するということです。

 

子供の頃の自分を思い出しながら、子供は母親に、いつも一緒にいて、自分を受け入れ、自分を見守り、自分の思うように安心させてほしい、いくつになってもそうであって欲しい・・・などと求めてしまうんだなあと思います。子供にとっての理想の母なるものを求めているんです。

 

私が5歳くらいの時、夕方母と近所の八百屋さんに買い物に行ったときのことです。母についていくのがやっとの私は、母とはぐれてしまわないように割烹着の裾をつかんで歩いていました。しばらくして母を見上げると、知らない女の人でした。ぎょっとした私は割烹着から手を放し、近くにいた母を見つけてほっとしました。あの頃は白い割烹着を着ている人が多かったんです。間違われた女性は、(誰、この子?)というような怪訝そうな顔をしていました。怖さときまり悪さのようなものを感じたのを覚えています。

 

小学生になった私は、夜に母が息をしているかどうか心配になって、自分の指を母の鼻に近づけて息をしているかどうかを確認していました。父が亡くなって母までいなくなったらどうしようという不安からだったと思います。

 

私の母はもうだいぶ前に亡くなっていますが、いろんなパターンの思いを聞いていくと、パターンは母と同じような存在を他人に求めようとしているのを感じます。

 

「私」がパターンの母であり、父でもある、それを忘れないで働いていこうと思います。「私」が、パターンといつも一緒にいて、パターンの話を聞いて、パターンを受け入れて、パターンを見守って、パターンにそのまま変わらなくていいからねと安心させてあげたいと思います。

 

「私」はパターンの母。

子供みたいなパターン

先週見たテレビで、すぐに癇癪を起こしたり、親のいうことを聞かない子に、どう接したらいいか?ということで、アタッチメント理論というのを紹介していました。20分間子供に寄り添うというものでした。その間、 母親は黙って子供を見ているだけで、子供が何か言ったらそれを繰り返すというものでした。これって、語りかけだ!って思いました。子供は親が自分を見守ってくれているので安心して落ち着いていくというような話でした。それを続けていくと、子供の態度が落ち着いてきて、表情も穏やかなものになっていました。これって、大人でもそうだと思います。

 

子供がお母さんにして欲しいことと、パターンが「私」にして欲しいことと同じなんだなと思いました。ただただ自分の存在を受け入れて、自分を見守り、自分の思いを聞いてほしい。それだけで、パターンは安心できる。パターンてほんとに子供なんだなあと思います。そんな子供みたいなパターンを安心させたいです。

実際にやってみると

「心のカラクリ」講座を開催することができました。知り合いの方がおひとりで参加してくださいました。時間をつくっていらしてくださり、ありがとうございました。

 

実際にやってみると、いろいろ気づいたことがありました。最初はドキドキしてきて緊張しているのを感じました。そして、始めようとしてすぐに自分の課題(今年の目標のリーダーシップです)をなげかけられた感じがしました。私がしっかりしないで、誰がこの講座を引っぱっていく!です。

 

私にとっての「心のカラクリ」は、もうすっかり自分の中に馴染んでいます。でも、初めて聞く方には全くと言っていいくらい知らないことだし、初耳のことです。それを改めて実感しました。

 

面白かったという感想や、こうした方がいいと思うということなどもいくつか言ってもらったので、次につなげていこうと思います。

 

やってみて、パターンも騒いだし、課題もあったし、反省もあるけど、伝えていくこと私好きかも?と思いました。